新宿とモラトリアムの記憶

18歳。子供と大人の狭間にいた。その狭間にしばらくいたかった。できれば永遠にいたかった。

だけど、生まれ育った場所にはもういたくなかった。何ひとつ不自由はないけれど、どこか別の場所に行きたかった。それはどこでもよかった。

新宿の、音響の専門学校に行くことに決めた。そこで何を学びたいのか、学んで何になりたいのか、あまり真剣に考えてはいなかったけれど、ずっと音楽をやっていたからという、それだけの理由で。

そこに自転車で通える場所に引っ越した。18歳の春、上京。環七から少し入ったところにある、狭いワンルームだった。部屋の壁紙は煙草のヤニで真っ黄色になり、敷金は返ってこなかった。

その学校には2年間通った。そこで知り合った人と、バンドを組んだ。たくさん曲を書いて、たくさんライブをした。学校で得たものは今ほとんど残っていない。テキストの類も全部捨ててしまった。バンドは、卒業した後もしばらく続いた。

だいたい新宿のスタジオで練習をした。ホームと呼べるようなライブハウスも、新宿だった。毎週、必ず新宿のどこかにいた。月に数回、半裸でステージに立っていた。

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都内で何回か引っ越しをした。それでも、バンドの関係でよく新宿に足を運んだ。バンドのメンバーがいちばん集まりやすい場所というのも、その理由のひとつだった。

バンドをだんだんやらなくなって、音楽とまったく関係のない仕事に就職をして、資格の勉強をするようになった。十代の頃、ほとんど勉強をしなかったツケが回ってきたような気がした。その資格の学校が新宿にあって、今でもやっぱり以前のように毎週通っている。

違う場所にある学校にも一時期通っていたけど、また戻ってきてしまった。僕にとって新宿は、なんとなく居心地がいいみたいだ。

十代の僕と、三十代の僕が、時間を超えて、同じ場所に立っている。あれから、何が変わったのかな。あれから、何が変わっていないのかな。

あの頃には想像もできなかった今を生きている。

きっと今は想像もできないような未来がやってくる。

夏の終わりに

8月最後の週末、山梨の温泉旅館に行ってきました。2017年の夏の終わりに、無理矢理挟み込むような形で。毎年夏は不本意なことに勉強ばかりしているので、こうでもしないと夏ってただ目の前を通り過ぎてしまうんです。

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その旅館は、曲がりくねった山道をいくつも越え、慌ただしい現実世界から少しだけはみ出した、深い自然の中にありました。

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部屋に着いてすぐ、我々は貸切露天風呂へと向かいました。もっとゆっくりくつろいでからでもよかったのですが、そんな時間に貸切の予約をしてしまったためです。

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露天風呂のすぐ真下に綺麗な川が流れていました。立ち込める硫黄の香り。温泉のことはよくわかりませんが、現実世界で負った傷がだいぶ癒えたようです。

部屋に戻って少し眠って、夕食の時間になりました。

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ごちそうさまでした。翌朝のごはんはこんな感じ。

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どれもおいしかったです。やっぱりごはんがおいしくないと、いくら温泉がよくても、いくら部屋がよくても、がっかりしてしまうものです。こちらは、またいつか来たいと思う旅館でした。

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帰り道に立ち寄ったお店でお昼ごはん。桃づくしでした。全部に桃。

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桃にパスタも、桃にピザも、合うんですね。全部おいしかったです。ただ、夏の終わりとはいえ、外でのごはんはまだ暑かったです。

こうして、我々の夏は、山梨で終わりました。僕の好きな秋がやってきます。

税理士試験が終わって、2日が経って。

税理士試験を受験された皆様、遅ればせながら、お疲れ様でした。

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僕は今年は法人と国徴を受験しました。法人は3回目、国徴は初めての受験でした。早稲田大学で受験したのですが、外のベンチで理論を覚えていたら、お姉さん? おばちゃん? に早大生に間違われて、ちょっと嬉しかったです。

まず、国徴。こちらは、直前にほとんど手を付けられなかったので、結果的に記念受験のような形になってしまいました。悲しいくらいに緊張感もなく受験することになりました。仮に直前にしっかり勉強できていたとしても、今回の本試験は難しかったのではないかと思います。1年間勉強してきましたが、熱心に興味を持って勉強することができなかったです。国徴を勉強されている方、されていた方、気分を害されてしまったら大変申し訳ないのですが、なんていうのでしょうか、僕には合わなかった、というか。理解力の問題なのかもしれませんが、実務にあんまり結びつかないせいでしょうか。模試でも一度もまともな点数を取れたことはなかったです。もう、再びやることはないと思います。

そして、法人。先程公開されたばかりのOの解答解説動画を見ましたが、自己採点をした結果、ちょうどボーダーのあたりみたいです。理論がマイナス5点、計算がプラス5点。かなり厳しいですよね。

理論は、Cランクを全然チェックしていなくて、作文すらできず、大幅に点を落としてしまいました。これまで法人を受験した中では、覚えた理論の数はいちばん多かったのですが、それでもCランクまでは手を付けられず、太刀打ちできなかったです。ランクなんてあてにせず、全部暗記しなくてはならないんだなと、今更ながら思い知らされました。

恐らく結果は駄目だと思います。なので、試験の終わったその日からまた理論を覚え始めました。なぜか、Oの理サブではなく、去年のTの理マスで。

僕は、簿記の「ぼ」の字も知らなかった20代半ば、日商簿記3級の勉強をTで始めました。それから去年の本試験までずっとTで勉強していました。日商簿記1級、税理士試験の簿記、財表、消費に合格したときもT、法人、相続の勉強もTでしました(これらはA判定でした)。

今回、一度官報合格を狙ってみたいという思いから、法人と並行して勉強できそうなミニ税法を固定、事業、国徴の中から探していました。いろいろと悩んだ結果、国徴に決めて、勤め先でOで国徴を受講している人がいたので、その影響もあって、僕もOの国徴を受講することにしました。法人だけTというのもなんとなく気持ちが悪い気がして、法人もOの経験者コースを受講することにしました。

Tの理マスで長い一文だった理論が、Oの理サブでは箇条書きのようになっていたり(分かる人には分かっていただけると思います)、計算過程に違いがあったり、講義の中で問題を解くときに各自コピーしなきゃいけないのを知らなかったり、いろいろと戸惑うことはありましたが、僕の受講したクラスの先生はさすがカリスマと呼ばれるだけあって、講義はとっても分かりやすく、信頼できる先生でした。計算過程をOのもので覚え直して(減価償却と受配の短株だけはどうしても最後までT方式でしたが)、理論も理サブで覚え直して(そもそも理マスの理論で暗記できているものが少なかったので)、この1年間は徹底してO方式でやってきました。

本試験が終わって、テキスト類の整理をしていたとき、ふと理サブよりもちょっと大きい理マスを手に取って、ぱらぱらと中身を見てみたんです。そうしたら、その堅苦しい明朝体の羅列に、懐かしいような、なんともいえない感情が湧き上がってきて、そうそう、これこれ、これだよ、なんて一人で頷いていたのでした。計算のテキストも手に取って、そうそう、こうだったこうだった、そういえばOではこれはやらなかったな、なんて思いながら、またT方式で理論や計算を覚え直している自分がいたのです。

あれ? 僕はこのまま、Tに帰ってしまうのでしょうか。確かに、国徴なき今(?)、慣れ親しんだTに戻ってもいいのかもしれません。

今後については、法人と他のミニ税法(固定か事業)で一気に官報合格を目指す、というのも一瞬頭をよぎりましたが、また今年みたいに、Cランクまでは押さえられませんでした、なんてことになりかねないので、来年は法人1本で、しっかり隅の方まで理論暗記をして、法人に合格した後、一度受験した相続で官報合格、というスケジュールでいきたいと、今は考えています。

退屈の街

一生困らないくらいの現金を手に入れて

目の前にあることを全部投げ出して

どこか遠くの街に旅立って

毎日おいしいものを食べて

 

誰からも指図されないで

好きなことだけをして過ごして

好きなときに眠りについて

好きなときに目を覚まして

 

そんな夢のような話を思い描くのは

忙しさに殺されそうだから

だけどそんなことがもしも起きたら

それって僕にとって幸せなことだろうか

 

何も不自由がないということは

誰からも必要とされないということは

気楽なことだろうか

悲しいことだろうか

早起きをすると

早起きをすると、とても得した気分になります。仕事の前に、自分の時間が生まれます。毎朝ゆっくりコーヒーを飲む時間があるというのは、幸せなことです。

ただ、日中の仕事の質は明らかに下がるみたいです。ショートスリーパーではないし、おそらく夜型人間なので。特に朝4時に起きた日は、ひどいものです。電話でわけのわからないことを口走ったり、テンションが異常だったりします。気づいていないミスもたくさんあるかもしれません。

でも、今はこうすることがいちばんいいような気がします。やるべきこともできずに毎日を失っていくのは、とても苦しいことです。

夜明け前の静かな時間。いくら仕事で不安なことがあったとしても、それはそれ。完全に切り離して、今やるべきことだけに集中します。

僕の場合、今やるべきこととは試験勉強です。この朝の時間の積み重ねで、はるか先を歩く人達に追いつくことができるでしょうか。追い越すことができるでしょうか。

しびれていたい

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買ったばかりの小説を持って

開店したばかりの朝のカフェで

コーヒーをゆっくり飲みながら

非現実の世界の中を泳いでいたい

荒波のようなメタファーに溺れて

朝っぱらからしびれていたい

 

まぶたを閉じた暗闇の中で

眠れない夜の無音の中で

僕の開きっぱなしの両耳に

大きなヘッドフォンをつけてほしい

迷路のようなポリリズムに迷い込んで

朝が来るまでしびれていたい

 

そんな小説がどこにもないなら

そんな音楽がどこにもないなら

僕の心の見えないところに

強めの麻酔を打ってほしい

痛みもざわめきも感じなくなって

朝から晩までしびれていたい

正しいひとへ

どうしても僕は首を縦に振れない

どんなに正義を振りかざされても

 

どうしても僕は聞く耳を持てない

どんなに面白おかしく話されても

 

他人の悪口を言う人はきっとどこかで

僕のことも悪く言っているんだろう

一緒になって笑えない僕のことを

 

あなたはどれほど正しい人間なのか

あなたはどれほど優れた人間なのか

 

あなたの正しさを僕に教えてほしい

あなたの正しさが僕にはわからない

 

ひそひそ陰口を叩く人はきっとどこかで

自分のことを恥じているんだろう

はっきりとものを言えない自分のことを

 

あなたはきっと知らないのだろう

そのとき周りがどんな気持ちでいるのか

そのとき自分がどんな目をしているのか

 

あなたが他人を悪く語るほどに

あなたが他人を馬鹿にするほどに

誰もあなたを信じなくなることも

 

自分でも気がつかないうちに

あなたは誰かの心をえぐって

それを食べて今日も生きている

 

自分でも気がつかないうちに

あなたは自分の心までえぐって

その痛みを抱えて今日も生きている