そろそろそれなりのものを

もともと時計にあまり興味はありませんでした。それでもそろそろそれなりのものを身に付けないとってずっと考えていました。もう30代の大人なんだし。

興味がないとはいえ、好みは一応あって、ごちゃごちゃしたデザインよりもシンプルなものを好みます(これは時計に限らずなんでもそうです)。日付はあると便利だから欲しい。文字盤は白で。手首が細い方なので、サイズはそんなに大きくない方がいい。

また、時計は趣味としてではなく実用的に使いたいので、すぐに時間がずれるようなものは嫌。だから、機械式ではなくてクオーツがいいと考えていました。

そんなとき出会った、この時計。

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グランドセイコーのSBGX059。去年の12月に買いました。「最高の普通」というブランドコンセプトの通り、一見地味で、わかる人にだけわかる感じが気に入っています(でもやっぱり時計好きな人はすぐに気付きますね。買った日の翌日、初めて職場に着けていったらすぐに食い付かれました)。仕事で何か嫌なことがあっても、この時計を眺めてたらいくらか回復できそうです。

シンプルなので、なかなか飽きも来ないと思います。今のところ他の時計を買う予定はなく、ずっと使い続けたいと思っています。一生ものですね。

こういう高級な(少なくとも僕にとってはだいぶ高級です)時計を買ったことがなかったので、買ったばかりの頃はほんの少しの傷でひどく落ち込んでいました。これから末長く付き合っていくんだから、そんな小さなことにいちいちくよくよしていてはやっていけないのに。今では更に細かい傷が増え、わりとどうでもよくなってきています。図太くなりました。

ふとん

朝 あたたかなふとんから

やっとの思いで這い出して

電車の中でもうとうとと

夢の世界へ帰ろうと

 

苦いコーヒーを飲み干して

重いまぶたをこじ開けて

昨日もぐっすり寝たのにな

朝からあくびが止まらない

 

誰かと話をしていても

難しい顔をしていても

頭の中ではいつだって

ふとんに思いを馳せている

 

お腹いっぱいの昼下がり

睡魔と闘ってるうちに

いつの間にやら日は落ちて

足早に家路を急いだ

 

ふかふかのふとんが待っている

疲れたからだを受け止めて

パジャマに着替えて飛び込め

すべてを投げ出して飛び込め

箱根でふやけた僕の決意

2年前から、お酒を飲むのをやめていました。体を壊したというわけではありません。理由は、いろいろあったと思うんですが、今となってはどれもぼんやりしています。

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とは言っても、仕事上の付き合いでは飲みすぎない程度に飲んでいました。自分から飲むことだけは、2年以上していなかったということです。

その決意が崩れ去ったのは、昨年末のことです。

昨年の12月30日から31日大晦日にかけて、箱根の温泉旅館に行ってきました。「金乃竹塔ノ澤」というところです。久々にキャンプに行く、という選択肢もなくはなかったのですが、慌ただしい師走を必死で駆け抜けた我々には、キャンプに行く気力は残っていませんでした。極寒の中テントを張ったり、火をおこしたりするには、我々は疲れすぎていました。

旅館に到着して、案内されたラウンジで、ウェルカムドリンクはどれにするか聞かれ、いくつか選択肢があったのですが、何をとち狂ったか、あるいは何か諦めのようなものを感じたのか、それとも何か新たな希望のようなものを見出したのか、そのときの心情をはっきりと思い出すことはできませんが、

「スパークリングワイン」

と何の迷いもなくオーダーしている僕がいました。

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この瞬間、僕の禁酒生活はいとも簡単に幕を閉じたのでした。

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部屋についている露天風呂は、竹林に囲まれていて、それは現実の世界と我々とを切り離す高い壁のようで、なんとも穏やかで居心地のよい空間でした。全身がふやけるまで、何度も何度も入りました。 

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ベッドは低めでマットレスの固さもほどよく、寝心地がよかったです。ペグを打ってテントを張らなくても、すでに寝どころが用意されている——当たり前ですね。自分達の手で空間を作り出す楽しさもありますが、これはこれでいいものです。

その後、夕食のときにもビールと日本酒を、部屋に帰ってからも赤ワインを飲んで、自分で自分に巻き付けた鎖がぼろぼろと崩れ落ちていくのを感じながら、箱根で素敵な夜を過ごしました。 

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妻の名前

妻と結婚して7年。付き合い始めて11年になります。

付き合い始めたのは、雨の日の夜でした。僕はまだ21歳で、未来のことを真剣に考えていませんでした。

ちょうど4年付き合って、付き合い始めた日と同じ日に籍を入れました。結婚式は僕の故郷の長野で挙げたのですが、当時仕事が忙しく(今もわりとそうですが)、前日の夜まで東京で仕事をしていたのを覚えています。

それから7年。2度の引っ越しを経て、今はおととし購入したマンションで暮らしています。子供はまだいません。結婚する前と変わることなく、一緒に歳を重ねています。

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喧嘩をすることもなく、人からはよく「すごいね」と言われますが、ただ単純に気が合うんだと思います。

似ているところも多いんですが、違うところも多々あって、例えば僕に比べて妻はオプティミストで、僕がくよくよと考え込んで海の底に沈んでしまったときに、よく引っ張り上げてもらっています。これから先も、何があっても大丈夫だって、漠然と考えています。

ところで、妻の名前ですが、将来結婚するならこの名前の人とって、子供の頃から思っていた名前なんです、不思議なことに。占いとか運命とか、まったく信じないのですが、こんなことってあるんですね。

会計の世界に足を踏み入れたのは

会計の世界に足を踏み入れたのは、2010年1月のこと。なぜこの仕事をしているのか、今でも不思議に思うことがあります。

学生時代、そもそもそんなに勉強熱心な方ではありませんでしたが、どちらかと言えば文系だと思っていました。高校生のとき、あまりに数学のテストの点が悪すぎて、先生に呼び出されたりしていました。

髪を金髪に染めて、高校にはエレキギターを担いでいって(軽音楽部だったので)、授業中は寝てばっかりで。別に悪いことをしていたわけではないのですが、そんな感じの十代だったので、まさかこんな仕事につくことになるとは自分も含め誰も思っていなかったはずです。

なぜ会計業界なのか。今思うと、フリーター生活を経て正社員として初めて入った職場を辞めたとき、何か資格が欲しいと強く思ったんだと思います。それまで数字が得意だなんて思ったことはなかったのですが(いまだに得意だとは思いませんが)、ちょうど経理の仕事をしていた妻に勧められて、簿記の勉強を始めました。

「簿記」というのがなんのことかまったくわかっていない僕は、独学でも十分合格できると言われる簿記3級から、資格の学校TACに通うことにしました。それが、2010年の1月のことです。前の職場を辞めたのも、その月でした。

カフェでアルバイトをしながら、同年2月に日商簿記3級、6月に2級、11月に1級に合格しました。

この頃は、会社の経理として働くか、会計事務所で働くかはまだはっきりと決めていませんでしたが、経理だと未経験での募集が少なかったので、自然と会計事務所で働く流れになっていったと思います。それで、どうせなら税理士を目指してみようと思うようになりました。当然ながらその頃は会計士と税理士の違いもわかっていなかったので、その違いをよく検討した上で。

大学に行っていない僕は、日商簿記1級に合格してやっと税理士試験を受験する資格を得ました。

2011年1月からは税理士試験の簿記論、財務諸表論、消費税法の勉強を始めました。3月11日、TAC新宿校の9階の自習室で勉強をしていたときに東日本大震災が起きて、経験したことのない強い揺れに、全く話したこともない人と思わず顔を見合わせたのをよく覚えています。その年は財務諸表論だけ合格したのですが、試験中も余震で揺れていました。

その翌年(2012年)は、簿記論に合格しました。今の会計事務所に就職したのもこの年です。そしてその翌年(2013年)、消費税法に合格しました。

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それ以降も毎年受験していますが、今のところ合格科目はその3科目のみです。学校にも通っていますが(今は大原に通っています)、なかなか結果が出せないでいます。

仕事をしていて、お客様から「先生」と呼ばれることがあります。また、ときどき税理士のふりをせざるを得ないときがあります。そんなとき、とても歯がゆい思いをすることになります。早く官報合格して、税理士になりたいです。

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十代の頃にはまったく予期しなかった道を今歩いている、なんていう感じで書きましたが、思い返してみれば、小学生の頃、親が僕にそろばんを習わせていました。そのおかげで今でも暗算が得意、ということは残念ながらないのですが、もしかしたら、親にはいつかこんな日が来ることがわかっていたのかもしれません。

Esus4

小学生の頃、父に買ってもらったアコースティックギターを毎日弾いていました。

コードブックを見ながらコードを覚えたり、流行りの歌のコードと歌詞が載っている分厚い本(今もあるのでしょうか?)をよく買っては、好きな歌の弾き語りをしていました。

まだコードの押さえ方があやふやな頃、Aのコードって、なんとも落ち着かない、でもわくわくするような、不思議な響きだなって思っていました。

しばらくして、それはAではなくて、Esus4だということがわかりました。

ギターを弾く人ならすぐわかると思いますが、2弦から4弦の2フレットではなく、3弦から5弦の2フレットを押さえていたんです。指板図のどちらが6弦側で、どちらが1弦側なのかよくわからず、上下さかさまに見ていたのかもしれないですね。弾き語りをしていて、Aのコードが来るたび、何か違うなと、首をかしげていたような気がします。

その勘違いの期間は、どのくらい続いたのでしょうか。数日だったかもしれないし、数か月だったかもしれません。

そのとき、僕にとってのAは、Esus4でした。違和感はありましたが、それほど問題ではありませんでした。

もうその古いギターは手元にはありませんが、今も我が家のリビングの隅にはアコースティックギターが置いてあって、気が向いたときにいつでも小学生の自分に帰れるのです。

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自己紹介をしていませんでした。

思いつくままに書いてみます。

今月、33歳になりました。長野で生まれ育ち、現在は東京で妻とふたり暮らし。毎日多摩川を渡り、神奈川で働いています。

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おととしの夏に新築マンションを買いました。東京に出てきてから、引っ越しばかりしていましたが(短いところは半年で引っ越しました)、ここには長く住むことになりそうです。

乗っている車は、スズキのハスラー。初めてのマイカーです。電車通勤なので、ほとんど週末にしか乗っていません。暑い季節を避けて、たまにキャンプに行きます(最近はちょっとご無沙汰)。

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会計事務所で働きながら、資格の大原に通って税理士試験の勉強をしています。全5科目中、3科目に合格しています。だんだん仕事が忙しくなってきて、勉強の時間を確保するのが難しくなってきました。

早く試験を終わらせたいです。本が好きなのですが、勉強のことがちらついてなかなか長編小説を読むことができなくて。あ、でも、村上春樹だけは読んでしまいますね。我慢できず。 

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十代の頃はろくに勉強もせず、音楽にのめり込んでいました。ギターを弾いたり歌ったり曲を作ったり録音したり。なんとなく上京し、なんとなく音響の専門学校を出て、就職することもなく、バンドマン兼フリーターのようなことをしていました。

四半世紀もの間、簿記の「ぼ」の字も知らなかったです。それがどうして今、税理士を目指しているのか、謎ですね。

とりあえず、こんなところにしておきます。